everydayisagoodday’s diary

躁うつ病会社員の記録

25/06/16

こんばんは。日日です。

 

今日は職場の同僚の送別会でした。

 

行くか迷いましたが、お世話になった人なので行くことに。

 

とゆうのも飲み会に行くといかに自分が無能かわかってしまうので(職場の飲み会になれば仕事の話にも自ずとなりますし、お酒の力で多少本音とかキツい言葉も出てきたりもするので)辛くて。しかもそれをずーっと何日も引きずるので。

 

今回、以前のようなものすごい自責感や言葉のナイフで自分を切り刻むような自傷感はないのですが、周りの人の優秀さに天と地ほどの差があることを痛感しました。

 

飲み会の場の言葉ですし真に受けてはいけないとわかってはいるのですが、会社の仕事は内容のわりにお給料が良い、大した仕事じゃないんだそうです。楽にお金がもらえるそうです。

 

目の前にその仕事で病んで長期で休んだ人がいるのですが。。大した仕事じゃないことに一生懸命心をすり減らして必死にやっていたんですが…パワハラやセクハラにも耐えてやってきたんですが…そんな価値なかったんだな。

 

なんとなく言いたいことはわかるんです。休職中でも生活できていた手厚いサポートの時点で良い会社なんだとはわかっているんです。復職もできましたし。

 

ただ仕事は簡単ではないし、心を病んでしまうほどすり減らしている人は少なくないです。周りを見ていても何人もいます。

 

真面目に受け取る必要ないとわかっていてもどうしてもその言葉に引っかかってしまいました。

 

その場で泣いたら大変な空気になることがわかっているのでなんとかこころのシャッターを閉めてやり過ごしました。せめてもの救いは周りの人の同調は少なかったこと。お追従がなかっただけ四面楚歌ではなさそうでほっとしました。

 

ただ帰宅してひとりになると悲しみがぶわーっと湧いてきてしまい泣いてしまいました。

 

ひとつ、その場でよく堪えたよくやったと褒めてあげたいです。そのうえでそんなこと言われたらそりゃ傷つくよね、と。飲み会の場って本音がポロッと出ると言いますしね。悲しかったよね、と寄り添ってもあげたいです。

 

こうやって言葉の整理がすぐ出来るようになったのは昔では考えられないこと。私の心は少しずつだけど強くなっているはず。

 

とはいえまだ私には飲み会は時期尚早だったみたいです。。軽い言葉でもまだ重く受け止めてしまううちは、私の心のために避けておいたほうがいいなと改めて感じました。無理は良くない。

 

とりあえずゆっくり寝て明日から切り替えないと、です。。

 

明日はサーティワンでも食べようかしら(少しでもご褒美あげたいです)

 

追記

 

またぶわーっと涙や悲しみが込み上げてきました。そのうえで腹立たしさも感じました。また久しぶりに希死念慮もほんの少しだけ来ました。

 

大した事ない仕事でこんなに体ボロボロにしてしまって今ようやく立て直そうとしているけどそんなに必死になって生きてる必要あるのかな。

 

あーまずい。これはまずい。